| 2009年2月28日(土)、富山市にある富山第一ホテルで、SO冬季ワールドゲーム・アイダホに出場したアスリートとコーチらの健闘をたたえる祝勝会を開催しました。 会場にはWGに出場したアスリートとコーチ、その家族やSON・富山の会員らが詰めかけ、メダルを見せてもらったりして喜びを分かち合いました。ゲームや表彰式での思い出話やホームステイ先での出来事など、数々の楽しかったことが5人から詳しく聞かれ、参加した皆にも現地で一緒に過ごしかのような臨場感を感じさせてくれました。 その臨場感を余すところなく再現してくれたのは、アスリートの兄夫婦が二人で作成したDVDです。アイダホから帰ってきてまだ間もないのに全員から画像を集め、SOIのHPから取り込んだ表彰式やゲームの動画を織り交ぜで作られたビデオは、アスリートやコーチの活躍にも劣らない素晴らしいできでした。 北京オリンピックのテーマソングになったミスチルの「GIFT」がバックに流れる中、昨年2月に山形で開催されたNGの画像からスタートするDVDは、やがてWGアイダホの出場決定の場面から現地に出発するときの富山空港を離陸する飛行機の画像などが取り入れられ、見る者すべてが、まるでアイダホに行って帰ってきたかのような気持ちにさせてくれたのです。
フロアホッケーやアルペンの競技中の動画から表彰式の動画へと繋がれクライマックスは、ホロアホッケーの表彰式。2003年、ここ富山の地でSOがスタートしたときから参加している、目を腫らしたアスリートの首に金メダルが掛けられる瞬間を捕らえた映像に、祝勝会に参加した全員が深い感動を覚えました。 藤井会長の挨拶 会長より、メダルを入れた額の贈呈 山本副会長より乾杯 アスリートらが一言ずつ、アスリート自身のことばで大会の感想を述べた後、ファミリーたちがそれぞれに、今大会出場への思いを語りました。 ■戸田明里さん(FHアスリート)のお母様戸田薫さんからは、 「FH15人のアスリートのうち、応援に出かけたファミリーは4家族。その4家族とも親とともに兄弟が一緒でした。そのうちの1家族、熊本のお母さんと、アスリートの弟さんが一緒に来ておられました。試合が始まって2日ほどしたある日、そのお母さんが私たちに言われました。『今までアスリートの方にあまり目を向けなかった弟が昨晩、私に言いました。今まで僕はお兄ちゃんのことでずっと苦しい思いをしてきたけど、一番苦しいのはお兄ちゃんなんだよね』って。この一言を聞いただけで連れて来た甲斐がありましたそしてその2日後には、弟から『熊本へ帰ったらSOに参加しようかな』と言われたそうです。こんな感動的な話がこの大会では、大きなもの小さなものがたくさんありました」と、心温まるお話がありました。 ■岩白翔太君(FHアスリート)のお母様岩白真美子さんからは、 「はじめての海外に緊張気味だったけれど、言葉は通じなくても身振り手振りと言葉のわかる人に助けて頂き過ごしてきた」と感想をコメントされ、続いて、 「さくらJAPANと戦ったアフガニスタンのチームは防具も揃える事ができなかったので、ホストファミリーたちが支援して用具を揃えて試合に臨んだ。アメリカにとっては戦争相手の国だが、『アイダホの人たちは優しかった』とアフガニスタンに帰ったら胸張っていうんだとアスリート達が話していると聞き、人の温かさを実感したと、いろいろな感動と宝物をアスリートもファミリーも沢山得た大会でした」とコメントしました。 ■金山彰さん(ASコーチ)からは、 「参加したアスリート全員がメダルがとれたわけではない。メダルをもらえなかったアスリートも大勢いた。自分が担当して引率した富山のアスリートがメダルをもらえたことには本当に嬉しい気持ちで一杯だが、メダルをもらえなかったアスリートのことを思うと、複雑な気持ちもする。最後の種目になってようやくメダルを取れたアスリートもいた反面、最後の出番になって体調を崩して止む無く欠場したアスリートもいた。コーチとしてみんなの頑張りが分かるだけに、参加した全員にメダルをとらせてやりたかったという気持ちで一杯だ」、と涙ながらに語りました。 ■林知佳さん(ASアスリート)のお父様林慎二さんからは、現地で一緒になったファミリーについて、 「撮影に来ていたニューヨーク在住の日本人フリーカメラマンが日本人と話がしたいと寄ってこられた。聞くと息子が自閉症だそうで、周囲に知り合いが少ない中悩んでいるとのこと。自分も息子を世界大会に出すほどまでにしたい、しかしSOと仕事との両立はなかなか難しいものがあり悩んでいる、とのこと。いろんな話をしたけれど、みんなで励まして慰めると彼が感激のあまり泣き出してしまって、その涙を見てこちらも昔を思い出してもらい泣きしてしまった」、といった話が聞かれました。 ■DVDを作成した、戸田明里さんのお兄様戸田武宏さんは、自身はアイダホには行かずに、大会が開催されている期間は富山でFHのヘッドコーチとしてトレーニングを指導していました。その彼は、 「フロアホッケーでメダルが取れたのは、二人だけが頑張ったからではない。富山でFHに参加しているアスリート全員ががんばって練習してきたからだ。二人がアイダホに行っている間も普通に練習は行われ、『今頃はアイダホで、みんな頑張っているんだろうなぁ。私も行きたかったなぁ』と思っている人もいたはず。だから、『二人のメダルは、みんなでとったメダルだ!』と、参加していないアスリートも誇りに思ってほしい」、と彼も涙ながらに語りました。 ■最後に、戸田明里さんのお父様戸田一郎さんが、関係する皆様への感謝をこめて、 「アイダホでの華やかな開会式、運営を支える現地の多くのボランティア、日本選手の活躍。これらを見ながら私は「水を飲むものは、その井戸を掘った人の苦労を思わなければならない」との諺を思い浮かべていました。シュライバー夫人に始まり、SONをここまで引っ張ってこられた細川佳代子名誉会長、SON・富山を育ててくださった吉田事務局長はじめ歴代会長やスタッフの方々・・・。 『真砂なす数なき星の其の中に、吾に向ひて光る星あり(正岡子規)』 大島町で初めて細川氏の講演を聞いて以来、星に導かれるままに私はこの活動の恩恵を受けてきました。今後は家族とともに、この井戸がさらに豊かな水をたたえ、多くの人を癒すことができるよう微力ではありますが、力を尽くしたいと考えています」、と結びました。 |